伝統工芸なぞなぞ百科
NAZO-NAZO-036-D
重要無形文化財保持者
平良敏子
たいら としこ
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この芭蕉布という織物は、太平洋戦争前までは、
奄美大島、八重山諸島などの島々でも、ごく普通に、
女性たちによって織られていました。
それは、家族のためにであり、
自分のためにであり、そして、恋人のためでした。
真夏に着用しても、とても涼しく感じられるということで、
その独特の風合いが、昔から、王家から庶民にまで好まれたようです。
しかし、太平洋戦争で受けた打撃や、
戦後の生活様式の激変により、
やがて、次第に織られなくなっていきました。
平良敏子さんは、この芭蕉布の伝統が
滅びてしまわないようにと、人生を賭して尽力されたのです。
平良敏子さんは、1921年(大正10年)、
沖縄県大宜味村のお生まれです。
太平洋戦争中は、女子挺身隊として、岡山県倉敷市で働いていましたが、
戦後になって、ほとんど、廃墟同然となっていた沖縄へ帰ってきました。
那覇に比べると、故郷の喜如嘉(きじょか)は、
戦争被害が少なかったものの、当時の辛苦は大変なものだったそうです。
倉敷でお世話になった、
大原総一郎氏(旧倉敷紡績社長・大原美術館2代目理事長)と、
外村吉之助氏(倉敷民芸館初代館長)の
「沖縄の織物を大切に守るように!」という激励により、
その後、今日まで使命感をもって、芭蕉布の仕事を続けてこられました。
平良敏子さんは、喜如嘉の人たちのリーダーとなって、
複雑な工程をもつ芭蕉布をつくるわざを、高度なものに確立させました。
しかし、平良敏子さんは、このことにとどまらず、
さらに、現代的な感性(表現力と色彩感覚)を融合させて、
芸術の域にまで高めたと評価されています。
2000年(平成12年)に、
重要無形文化財「芭蕉布」の保持者(人間国宝)に認定されました。
作品鑑賞
細部まで、じっくり見てみましょう!
それでは、平良敏子さんの作品を鑑賞してみましょう。
平良敏子さんは、日本伝統工芸展には、
作品を、着尺(きじゃく)のかたちで出品されています。
着尺とは、大人用のきものを作るのに必要な織物(反物・たんもの)のことをいいます。
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重要無形文化財保持者に認定されたあと、日本伝統工芸展に出品された作品 (部分)
(写真:日本伝統工芸展図録) |
作品名につけられた、カタカナは、
絣(かすり)の模様などを意味するのだそうです。
たとえば、「トゥイグヮー」というのは、
上の写真のように、鳥のツバメの柄のことです。
琉球王朝時代から織られてきた芭蕉布ですが、
庶民向けのものは、普段着や、労働着としても使われましたから、
無地のものが多く、柄があっても、
タテ縞や格子程度の簡単なものに限られていたようです。
しかし、明治以降、喜如嘉では、
いろいろな絣柄が工夫され、その種類も増えていったそうです。
芭蕉布の柄の題材として取り上げられたのは、
さきほどの、ツバメや、セミ、ソテツ、竹などの動植物、
そして、星や雲、意外なところで、曲尺(かねじゃく)などの生活道具もあるそうです。
絣の柄は、600種類を超えるということですが、
その中には、平良敏子さんのオリジナルも含まれます。
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喜如嘉の「芭蕉布織物工房」で撮影
作品の部分
PHOTO: YASUDA TADASHI (2007/01/18) |
着尺を、上の写真のように「きもの」のかたちにすると、
芭蕉布のもつ風合いが、一層はっきりとします。
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喜如嘉の「芭蕉布織物工房」で撮影
作品の部分
PHOTO: YASUDA TADASHI (2007/01/18) |
芭蕉布の絣の柄は、テーマがとても素朴です。
身の回りのもの、そして、自然の命(いのち)などでした。
そして芭蕉布は、染(そめ)も素朴です。
芭蕉布は、もともと植物性タンニンを含み、茶褐色を帯びています。
これが、おもに、「エー」(琉球藍)と、
「テーチ」(車輪梅)という植物によって染められます。
「エー」を使うと、濃い青(藍色)に、
「テーチ」を使うと、赤茶色に染まります。
制作工程
平良敏子さんの工房を訪ねてみましょう!
喜如嘉の工房にお邪魔したのは、
2007年1月17日〜18日でした。
喜如嘉の村落
PHOTO: YASUDA TADASHI (2007/01/18)
村落のあちこちで、「糸芭蕉」の畑を見ることができました。
あいにくの大雨で、糸芭蕉の緑が美しく映りません。
糸芭蕉の畑
PHOTO: YASUDA TADASHI (2007/01/18)
ところで、芭蕉には、
実芭蕉、花芭蕉、糸芭蕉の3種類あるそうです。
実芭蕉とは、「バナナ」のことで、
糸芭蕉(高さ約2メートル)が、芭蕉布の原料となります。
糸芭蕉の茎
PHOTO: YASUDA TADASHI (2007/01/18)
大昔から、この糸芭蕉の茎の部分から、
芭蕉布の繊維が採取されてきました。
一本から採れる繊維は、約20グラムほどしかなく、
着物一反を織り上げるのに、
糸芭蕉は、なんと約200本も必要になるのだそうです。
それでは、平良敏子さんの芭蕉布の作品がどのようにつくられるのか
実際に見せていただきましょう。
現在、平良敏子さんは、「芭蕉布会館」と、
そこから、自転車で5分のところにある
「芭蕉布織物工房」との2カ所で仕事をされています。
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PHOTO: YASUDA TADASHI (2007/01/17)
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取材させていただいた日、「芭蕉布会館」では、
芭蕉布の繊維どりがおこなわれていました。
ふつう織物といえば、機(はた)にのぼり、
バッタンバッタンと、きものを織る姿を思い浮かべますね。
しかし、こと、芭蕉布に関しては、そうはいかないようです。
平良敏子さんの場合、最終段階の「着尺を織る工程」は、
全工程のうちの、ほんの「1%」の比率しかないのだそうです。
「会館」に集まった若い人たちは、
糸芭蕉の繊維を、竹ばさみでしごき、不純物を取り除く、
「苧引き」(うーびき)の工程をおこなっていました。
これは、とても手間のかかる根気のいる仕事です。
会館内を動き回りながら、わずかの時間を惜しむように、
段取りを決めたり、若い人たちを指導する
平良敏子さんの立ち振る舞いが印象的でした。
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PHOTO: YASUDA TADASHI (2007/01/17)
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「芭蕉布織物工房」では、
高機(たかばた)による、織の作業がおこなわれていました。
平良敏子さんは、機の脇や後ろから、
若い人たちに、織る姿勢や、リズムなどを細かく指導します。
芭蕉布は、乾燥すると切れやすくなるので、梅雨時以外は、
たえず、加湿器などで湿気を与えながら織られます。
ここで、芭蕉布の制作工程を、簡単にまとめておきましょう。
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ポイント:「すべては、農作業(畑仕事)から!」
PHOTO: YASUDA TADASHI (2007/01/17)
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それでは、「芭蕉布会館」と「芭蕉布織物工房」での
お仕事ぶりを、映像でご覧ください。
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カメラのアイコンをクリックして、VTRをご覧ください。
VIDEO: YASUDA TADASHI (2007/01/17) |
平良敏子さんは、ご高齢にもかかわらず、
次々とエネルギッシュに仕事をこなしてゆかれます。
一人でも多くの人に、芭蕉布のわざを伝えようと
朝早くから、熱心に、若い人たちを指導されています。
インタビュー
平良敏子さんに、いろいろお話をお聞きしました。
カメラのアイコンをクリックして、VTRをご覧ください。
新しいウインドウがひらきます!
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INTERVIEW: 1 小さい頃の思い出は?
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INTERVIEW: 2 太平洋戦争直後の沖縄は?
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INTERVIEW: 3 平良敏子さんにとって芭蕉布とは?
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インタビューを終えて
平良敏子さんの活躍されている
喜如嘉は、芭蕉布の里です。
琉球時代には、赤や黄色に染めたものは、
王家しか着ることができませんでしたが、
生成りのものは、一般庶民が日常の暮らしで使っていました。
明治に入って、近代化の波が押し寄せ、
人々の暮らしも少しずつ変わっていきます。
そのため、一時、芭蕉布の生産量が減りましたが、
絣(かすり)の技術を取り入れるなどして、
昭和初期になってから、再び活発化しました。
平良敏子さんのお父さん(当時、区長)の努力もあり、喜如嘉に工場もつくられ、
たくさん織られた芭蕉布は、東京のデパートでも紹介されました。
しかし、その後、太平洋戦争に突入します。
ちょうど、そのころに、
柳宗悦という人が、『芭蕉布物語』(1942年)という著書で、
「今時こんな美しい布はめったにないのです・・・」と書きました。
柳宗悦は、民藝(みんげい)運動をおこした文化人ですが、
沖縄の文化を「驚くべき財産」と絶賛し、
芭蕉布の「手仕事の美」を「ほんもの」と評価しました。
平良敏子さんは、この考えに強い感銘を受けられたようです。
倉敷の、大原総一郎氏と、外村吉之助氏から受けた
薫陶(くんとう)も影響しました。
戦後、食べることもままならない状況下で、
芭蕉布づくりが再開されました。
「これまで、助けてくれた多くの人たちに、恩返しをしたい!」
「そして、自分のこころに正直に、仕事を続けてゆきたい!」
平良敏子さんは、戦後の、喜如嘉の人たちと共に苦労した時代を振り返り、
これからも努力し続けるとおっしゃいます。
芭蕉布づくりは、畑仕事、繊維の準備など、
織るまでの仕事が大切です。
苧(う)炊き、苧(う)引き・・・
長い時間をかけ、根気よくがんばっても、
ほんの少ししか繊維はとれません。
しかし、この糸づくりの工程で、手を抜くと、
すべてが台無しになるそうです。
「私がやってきたように、技術だけでなく、
織のこころを学ぶことがたいせつですよ」と、
平良敏子さんは、若い人たちを相手に、
今日も朝早くから、指導を続けておられます。
(写真と文)安田 正
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ありがとうございました。
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以下のみなさまに賜りました。ありがとうございました。
日本工芸会 森口邦彦氏、鈴田滋人氏、真栄城興茂氏 喜如嘉芭蕉布事業共同組合 平良美恵子氏 京都府教育庁指導部文化財保護課 有井広幸氏 パナソニック株式会社 前西繁成氏、坂田頼子氏 |
協賛:パナソニック株式会社
NAZO-NAZO
テーマ:「琉球(りゅうきゅう)」は、ここまでです。
さいごまで読んでくれたみなさん、ありがとう!
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製作著作
社団法人日本工芸会
2007